ファントム・メナス〜phantom menace〜
著者:shauna


 シャズールはイラついていた。
 「ガキが!調子に乗りおって!!」
 当然だ。聖蒼貴族の偉大さは知っているし、その実力がその名に恥じないことも理解している。だが、それ以前に相手はまだ二十歳にも満たない少年なのだ。
 そいつが生意気なだけならまだしも王宮聖将軍たる自分がただの一撃で負けてしまったという事実は飲み込み難いものがある。
 おまけにあんな顔であんな言葉を掛けられて平常心を保てる程、自分は聖人君主ではない。何度思い出しても腹が立つ。
 石造りの廊下をカツカツと歩きながら額に青筋を立てる。
 こんなに屈辱的な気持ちになったのは何年振りだろう。どうにか仕返ししてやりたい。しかし、どうにもならないのだ。
 まず、地位が違う。聖蒼貴族と一国の聖将軍。その地位の差は大学教授とその大学を受験する学生ぐらい違う。
 ならば、いっそのこと正々堂々と試合を申し込んだらどうだろうか?いや、そんなことをすれば笑い者になるのはこちらだ。
 剣の腕はおおむね互角。つまり、試合を決めるのは武器の性能だ。
 スペリオルにおける正式な決闘はそれぞれが己のスペリオルを持ち寄り、5人以上の立会人の元で行われる。
 そして、現在自分が持っているスペリオルの中で最も優秀な物は家宝として家に置いてある最高級のエアランサー(槍)だ。
 だが、それを以ってしてもあの忌々しい剣に勝つことはできない。
 奴の剣の素材は入手困難な物ではない。実在すら怪しい伝説の品だ。ヒヒイロカネを作るにはそれこそ伝説級の素材が必要になる、それにあの切れ味。あれは風の魔法で切れ味を増しているエアブレードなど比では無い。
 完全無欠の究極の金属。ヒヒイロカネ。
 それも、加工したのはあの魔法道具の製作なら右に出る者は無いとされるシルフィリアだ。
 勝てるわけがない。
 だが、このまま引き下がるのだけは絶対に嫌だった。
 さて・・・どうしたものか・・・
 「おや?これはこれはシャズール様。お久しぶりでございます。」
 ん?とシャズールは声の方向へと目をやった。見れば、そこには太った男がいる。まるで道化師のようなフワフワとした襟の付いた黄色いジャケットを着て、足元は赤い一本線が入ったスラックス。茶色の髪は見事なまでに七三に分けられていて同色の髭は見事なまでもカイゼル髭だった。
 シャズールはやっと思い出す。そうか、こいつは確かパイトーンビクトール=ド=ロレーヌ侯爵。今回の聖蒼貴族来場に関して総合的に警備を担当している王国貴族だ。
 「どうしました?何か嫌なことでもありましたか?」
 卑しく微笑み、手を揉みながらパイトーンが聞いてくる。
 「何でもない!!貴様の顔を見て気分が悪くなっただけだ!!」
 こいつは強力な貴族に取り入り、自分より弱い地位の貴族にはふんぞり返って偉そうな態度をとることで有名な貴族だ。こいつのおかげで余計気分を崩してしまった。
「失礼する!」
シャズールは足音を響かせながらパイトーンの横を通り過ぎようとする。すると・・・
「あの貴族の小僧に負けて随分とご立腹ですね・・。」
すれ違いざまにパイトーンがニンマリと笑って囁いた。
「なんだと?」
なぜこいつが知っているのか?シャズールがふりかえった瞬間パイトーンの笑みはさらに強くなった。
「いかに聖蒼貴族とはいえ、あんな小僧に負けたのです。さぞかしご立腹でしょう。」
「黙れ。」
「大丈夫です。他言などしておりませんから。」
「黙れと言っているのが聞こえないのか!?」
「まあまあ、落ち着いてください。」
そう言うとパイトーンは胸元から櫛を取り出して髪を梳かし始めた。いちいち動作が勘に触る。
「仕方の無いことですよ。相手は聖蒼貴族。その中でも世界最古の貴族フィンハオラン。いくらあなたが強くとも、武器の性能が違いすぎます。したがって勝てるわけがない。」
「お前まで私を愚弄する気か!?」
「そうではありません。」
櫛をしまって、パイトーンは後ろで手を組みながらシャズールに近づいた。
「私も奴のことは気に入りません。聖蒼貴族だかなんだか知らないが、たかだか18歳の餓鬼ではないですか?そんな奴に貴方様程の方がやられたのは単にスペリオルの性能の差。」
「スペリオルの性能の差が戦力の決定的差にはならん。」
「流石ですな。シャズール様。しかし、もし、こんなモノがあるとしたらどうですか?」
「・・・」
「あのふざけた剣を超える程のスペリオル。」
「!!」
「ほほぅ・・反応なさいましたね。」
「誰が!」
「まあまあ。そのスペリオルの名はブリーシンガメン。」
「ブリーシンガメンだと!まさか!あのエーフェの秘宝中の秘宝の!!」
パイトーンは胸元から小さな手帳を取り出した。無駄に豪華なハードカバーのそれをペラペラとめくりながらあるページをシャズールに見せる。
シャズールはそれを受け取り、そこに描かれた首飾りを見つめた。
いくつもの琥珀が連なるネックレス。流石かつて絶大な権力を誇った皇族の秘宝だ。パイトーンが話を続けた。
「それをもってすれば世界を手中に収めることも容易。あれを手に入れ、その力で操ったフェルトマリアの小娘にあなたの剣を作らせればよいではありませんか。
それこそ、世界最高の剣を。そして、フィンハオランに一騎打ちを挑む。フィンハオランはフェルトマリアを本気で愛していますからね。フェルトマリアを私に盗られた後ではいくら彼でも僅かに剣が鈍るはず。そこであなたが彼に勝って汚名返上すればいいのです。後は、この国を乗っ取り、やがて世界を乗っ取り、あなたは世界の王となる。世界を統べる王“シャズール”の完成だ。いかがですか?」
「悪くないな。」
「でしょう。どうです。手を組みませんか?あなたが世界の王で私が宰相となる。きっと上手くいきます。」
「確かにな・・・。」
シャズールは勢いよくパイトーンの手帳を閉じてそしてそれを・・・パイトーンの胸元に強く押しつけた。
思わずパイトーンがよろめく。そんな彼にシャズールはきっぱりと言い切った。
「ならばまず私の元にフェルトマリアの小娘を連れて来い。もちろん私の言うことを何でも聞く状態にしてだ。ブリーシンガメンが伝説通りの物なら
そのぐらい容易であろう。彼女を連れてくれば、お前に私の力を貸そう。」
そう言い残してシャズールはさっさと廊下を歩いて言ってしまう。
「そういえば・・・」
シャズールが去り際に一言だけ言う。
 「今夜私は用事でフロート公国へと出かける為、舞踏会には出られないぞ・・。」
 「そうですか・・・お気をつけて・・。」
パイトーンはフェフェフェと気味悪く笑い、その場を去って行った。



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